大和證券時代から、知的援助を通してベトナムとの関わりをもつ奥本様。
 奥本様ご自身が考えられる日本とベトナムの課題と将来性について、金融・経済からの視点をふんだんに交えていただき、非常に新鮮なご意見をいただくことができました。

 

 
  

奥本 英一朗 (おくもと えいいちろう) 
株式会社大和総研 顧問 

1934年 東京生まれ
1957年 大和證券株式会社 入社
1986年      同      代表取締役副社長
1989年 株式会社大和総研 代表取締役社長
1996年      同      会長
2000年 日本証券業協会
2004年 株式会社大和総研 顧問(現在)

 

 

 

 

 


  

レロンソン
 
この度は、誠にありがとうございます。奥本様にはベトナムで本当にお世話になりました。本日、お会いできるのをとても楽しみにしておりました。本日は、ベトナムの証券市場を中心とした金融業界に対するご意見等も伺えればと思っております。
 
御社は、サイゴン証券と連携してベトナム展開をいち早く展開されています。御社とベトナムとの関係性を教えていただけますか?



 

奥本様
 
大和証券グループは、早い時期から海外での活動に力を入れて来ました。アジアに於いても1970年代に入ると香港やシンガポールにいち早く現地法人を設立し、積極的な活動を始めています。
 
当社が大和証券から独立したのは1989年ですが、アジアや東欧諸国から数多くのトレーニーを受け入れると同時に、中央銀行や経済研究所に協力して、マクロ経済や財政金融等の分析を行ってきました。

 
その中でも1996年からJICAの知的援助として、ベトナムの経済成長政策に携わったことは印象深い出来事です。と申しますのも、この種の知的援助活動がうまくいくか否かは、その国の熱心さによると思います。ベトナムの場合は政府も真剣に対応していただき、優秀なスタッフの努力によって非常に立派な果実を得ることができたと自負しています。当社のこの種の援助の中で、最も成功した例の一つに挙げられるのではないでしょうか。


 

 

レロンソン
 
1980年代のインフレは強烈でした。デノミと新通貨切り替えを同時に行ったことも混乱の大きな要因だと思います。90年代に入って沈静化しましたが、WTOに加盟した2007年及び2008年は2ケタ、特に2008年は約20%という前年比インフレ率となりました。昨年のインフレ率は7%と落ち着いたものの、今年は9%(世界銀行調べ)と予想されており、まだ安定とは言えません。



 

奥本様
 
イニシアティブをとるのはやはり国でありますから、政府の考え、動きが重要になってくると思います。

 

 

 

1 ベトナムの経済成長政策
 1996年からベトナムに対して行われている、外務省・JICA(国際協力事業団)・法務省による「ヴェトナム重要政策中枢支援:法整備」。この法整備支援の際に、「法的支援」という言葉が公的に初めて使用された。
 この支援以降、法整備支援は本格化しており、その後もベトナム、カンボジア、ラオス、中国、モンゴルなどを対象に、JICAの技術協力の形で法整備支援が拡大・強化されている。

 

2 1980年代のインフレ
 ベトナムは人口の8割、労働力の7割が農村にいる農業国でありながら、1975年に南北統一されてから10年間、 農業に対する資本投下は工業の半分程度であった。また財政赤字と対外債務は、この期間中拡大し続けた。紙幣の乱発によるインフレーションは、86年には775%に及んだ。また、ソ連・東欧諸国が相継いで崩壊し、79年のカンボジア問題に起因するアメリカ合衆国のエンバーゴ(経済制裁)によって、80年代前半にはベトナム経済は危機の淵まで追い込まれていた。