1989年から大蔵省(現財務省)の事務次官を務められた平澤様。
 日本の高度経済成長を「国家」という視点から最前線で見続けてきた目に、現在のベトナムはどのように映っているのでしょうか。
 また、横浜市はホーチミン市とビジネスパートナー都市として提携1しています。横浜銀行の特別顧問としてもベトナムとの深い関わりを持つ平澤様に、日本とベトナムの今後の関係性の在り方を伺いました。

 

 
  

平澤 貞昭 (ひらさわ さだあき) 
株式会社横浜銀行 特別顧問 

1932年生まれ 本籍地長野県
1955年 東京大学法学部卒業
1955年 大蔵省入省
1986年 銀行局長
1989年 大蔵事務次官

1990年 退官
1992年 国民金融公庫 総裁
1994年 横浜銀行 頭取
2005年 同 会長
2008年 同 特別顧問(現在)
 

 

 

レロンソン 

 本日はご多忙の中、誠にありがとうございます。今日は日本の経済成長のまさに中心におられた平澤様に、これからの日越関係の展望をお聞かせいただけたらと楽しみに参りました。まず最初に平澤様がお持ちになっているベトナムの印象を教えていただけますか。

 

 

平澤様

 日本とベトナムは人の雰囲気、話し方が似ています。ベトナムの言葉や風景も、日本と近い部分があります。
以前ベトナムの北部へ訪問したときに、汽車が三両ほど連なって走っているのを見かけました。乗客が皆、荷物を山の様に抱えた状態で、目一杯汽車の屋根の上に乗っているのを見て、(太平洋戦争)終戦後の日本とまるっきり同じだなと。道の舗装具合なども含めて。
 皆明るい顔をしており、これから国を創っていくという気持ちがひしひしと感じられ、それも日本と似ていて非常に親近感を持ちました。
 それからすぐ後の訪越の際には、随所に発展の兆しが見受けられました。南部のホーチミン市は特に進んでいた感があります。

 

 

レロンソン 

 ドイモイ2 の提起によって、ベトナムでは市場メカニズムや対外開放政策が導入され、大きな成果をあげてきています。平澤様がご覧になられたのは、ちょうどその勃興期ですね。
 ベトナム発展の要と言われるインフラに関しては如何でしょうか?

 

 

平澤様 

 インフラの整備は、近年ベトナム政府がしっかりとやられているようですね。電力や鉄道、道路など、開発が進んでいる。
 前にベトナム政府の方々と意見交換を行った際に、日本が発展したのはインフラの発展が大きいというのがベトナム政府の見解であり、熱心に学んでおられました。日本と今後も色々とやっていきたいと仰っていたのが印象に残っています。
 日系商社の方々からも、「昔からベトナムと熱心に関わっている」と聞きます。官民双方での長いお付き合いが、今後の日越関係の基盤となっているのではないでしょうか。

 

 

 

1 横浜市はホーチミン市とビジネスパートナー都市として提携
 2007年10月、中田市長(当時)がレ・ホワン・クワンホーチミン市人民委員会委員長(当時)との間で、「横浜市とホーチミン市との間で取り交わす経済交流に関する覚書」に調印。

 その後、2009年4月にはホーチミン市の貿易促進事務所が横浜市に開設されることが決定するなど、相互の経済発展を目指した協力関係が結ばれている。

 

2 ドイモイ(刷新)
 1986年のベトナム共産党・第六回大会で提起されたスローガンであり、主に経済(価格の自由化、国際分業型産業構造、生産性の向上)で新方向への転換を目指す。